「理想のエンジニア像」なんて答えられたらいいね

僕には、理想のエンジニア像なんか存在しなかった。なので不意に聞かれるといつも困っていた。

やろうと思えば、てきとうに聞こえの良い言葉を用意しておいて、てきとうに並べ立てることだって出来るだろう。だけど小細工で何を言っても、本当には思っていないことを言うことになる気がしてた。

だが今日ふいに、言葉が浮かんできた。

「子供みたいに、プログラミングや問題解決を楽しめるエンジニア」

これがしっくりと来たし、腑に落ちた。

言葉が思い浮かんでから5分経っても、10分経っても、まだ意識の反発が起きていない。

今まで思い浮かんだ言葉は全て、思い浮かんだ瞬間には「これだ」と思ったものの、全て10秒ほどで腐ってしまっていたのに。それらとは歴然の差だ。

この言葉を見返すと、なんだか噛みしめるように、じわじわと喜びが溢れる感じがする。

これは僕にとって現時点で、たぶん最も真実味のある理想像なのだろう。

ところでなぜ「エンジニアの理想像」って答えるのが難しいんだろう。

それはそもそも、自己定義が難しいからだと思う。

たとえばチームでも、インセプションデッキが難産になることがあるように、自己定義は骨の折れる作業だ。そして、最初から答えがあるとも限らない。チームならばどこかには必ず目的があるだろうが、個人がエンジニアをやっている理由なんて、実はあってないようなものかもしれない。

そして答えを出そうとすると、固定観念が邪魔をする。どんな答えを出したって、なんだか自分には合わないような気がしてくる。

陶芸家が壺を作っては割るかのごとく

これは全ての自己定義によくあることだが、答えは意外なところから出てくる。世間的に正しそうなイメージや、流布しているイメージではなく、自分の中から出てくる、真実の声をもとにするのだから。

「これも真実じゃない」「あれも真実じゃない」と何度も答えを捨てていくのだ。そしていつか出てくるかもしれないし、出てこないかもしれない。頑張って探している時には見つからないが、準備が整えば自然と見つかるようなもの。自己定義は、どこに消えたかわからない忘れ物みたいだ。あるとき部屋の片隅からひょっと出てくる。

嫌にならない程度に真剣に、忘れてしまわないぐらい程度にゆるっと、自己定義する準備ぐらいはしておきたいもの。