エンジニアリングは農業だ。エンジニアの勉強はゆっくりと、農家の心ですれば良い。

休日中にゆっくりと、エンジニアの勉強が出来る幸福を、今日は噛み締めている。

理解が遅くても、どれだけ時間をかけても、誰かに怒られることもない。休日中は1%たりとも「出来るエンジニア」である必要もないし、それを気取る必要もない。自分で自分を許しさえすれば。責めることさえなければ。

なので休日中は、改めて基礎的な勉強をすることが出来る。スターバックスでコーヒーを飲みながら、SSL周りの複雑で入り組んだ世界の扉を開くことも出来る。好きなルートで好きな中腹まで、山を登ることが出来る。いつ折り返したって良い。何でもやりたい放題だ。しかもこれが、仕事にも役立つ副作用があるというのだから。

そもそもエンジニアリングの勉強には時間がかかるものだ。基礎に基礎を基礎で積み上げる世界なのだから。理解できなことは、すぐには理解できない。たとえそrがもどかしくても、一足とびに山の頂上までたどり着くことは出来ない。1個ずつブロックを積み上げる必要がある。エンジニアリングは今季の世界だ。

なので大事なのは、実は悠長な心じゃないだろうか。書き間違いではない。悠長な心だ。エンジニアというものの一般的にイメージに反して、特に重宝する資質というのは、決して切れる頭でも、高スピードの理解力でもない。じわじわと愛情を持って、植物を育てるような農家の心なんじゃないだろうか。

エンジニアリングは農業で、エンジニアは農夫だ。僕らは植物を育てている。種を巻き、季節に感謝し、そしていずれは収穫するのだ。しかし収穫だけが成果ではない。農業の本質は耕すことや、育てることそれ自体にあると思う。