僕らはプログラミングでの遊び方を覚えているか

「夢中でプログラミングを楽しめるエンジニアになる」

エンジニアの理想像が固まってから、僕のエンジニアとしての気持ちは、ずいぶんと楽になったように思う。

「面白いか、面白くないか」

それで全てを判断して良い。自分の体内感覚に忠実になる。本能に従う。

そして、他の判断基準は一切要らない。本当に一切。ひとさじさえも。ひとすくいさえも。

特にプライベートであればそうだ。判断基準の100%を衝動で決めて良い。

余計な99%と、重要な1%

逆に次のような理由、動機、行動はすべて捨てる。もしくは捨てられる限り捨てる。

取捨選択の捨をマックスにする。

  • 勉強になりそうだから、やる。
  • 勉強しなくちゃいけなさそうだから、やる。
  • 将来のキャリアに役立ちそうだから、やる。
  • 今後必須のスキルになりそうだから、やる。
  • 好きじゃないけど、なんとなく、やる。
  • 体が手を動かしたいと感じているのに、本を読む。
  • 読むのが辛いドキュメントを、無理して読む。
  • 興味が持てない疑問を追求する。

そもそも「プログラミングの勉強」という言葉が怪しい

世の中にあまりにはびこっている「勉強」という言葉。僕らはこの概念にどれだけ引きずられて、どれだけ損をしているんだろう。

プログラミングの初期衝動は遊びだ。

そこから数えて、僕らはどれだけ遠くに来てしまったんだろう。

世の中に流れているちょっとしたイメージや、悪気のない偏見や、自分で作り出した固定概念が、いちばん大事なものを、とても懐かしいものをも骨抜きにしてしまう。

糖分をなくしたハチミツみたいに。

僕らは遊び方を覚えているか

プログラミングはジャングルジム。プログラミングは遊園地。なまりきった体。遊び方を思い出そう。